2021年度第3回温泉まちづくり研究会を開催しました(3月15日)

2021年度第3回研究会を2022年3月15日(火)、野沢温泉で実施しました。概要は以下のとおりです。

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【第1部】野沢温泉まち歩き

【第2部】講演+ディスカッション
<開会挨拶>温泉まちづくり研究会 代表 宮﨑光彦氏

(1)講演
 「「官民一体」ですすめる野沢温泉の街づくりと人づくり 」
 森 晃 氏(旅館さかや代表取締役 野沢温泉スキークラブ理事長)

(2)ディスカッション
①各温泉地の動向と取り組みの共有
②次年度の取り組みについて

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今回の研究会は、野沢温泉で開催しました。現地でのリアル開催と合わせて、Zoomによるオンライン配信を行うハイブリッド形式としました。

温泉地もスキー場も日本国内に多い資源ですが、それらを掛け算してユニークなまちづくりをおこなっているのが野沢温泉です。コロナ禍前はインバウンドが増え、さらに温泉地内の不動産を購入した海外投資家も多いことが特徴ですが、洋風の外観ではなく、昭和の香りが今も残る野沢温泉の雰囲気に合わせた建物を作っています。彼らは野沢温泉のファンであり、そうしたファンづくりを含めたまちづくりが非常に興味深く、今回の研究会の開催地としました。

当日は、研究会の前に森氏の案内で野沢温泉のまちあるきを行い、野沢温泉の街並みや、共同浴場、麻釜をはじめ、外国人オーナーの投資によって作られた宿泊施設や店舗、街並みの様子を実際に見学しました。

               野沢温泉まち歩き

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第2部の開会にあたっては、道後温泉旅館協同組合の副理事長で当協会代表を務める宮﨑光彦氏が、「前回の由布院温泉に続き今回も現地開催となり、先ほどは野沢温泉の温泉街のまち歩きをして、個性的なまちづくりが進められていると感じた。多様な温泉まちづくりを、また違った視点から勉強したい」と挨拶しました。

続いて、森氏による講演が行われました。森氏が代表取締役を務める旅館さかやは、江戸時代に造り酒屋として創業し、明治時代から営業している老舗旅館です。森氏は米国コロラド州の大学でスキー場経営を学び、野沢温泉観光協会インバウンド部会長や長野県旅館ホテル組合会経営研究委員会委員長、全日本スキー連盟アルペン委員会副委員長などの要職に就いています。

野沢温泉にスキーが伝わったのは1912年。野沢スキー場が開設されたのが1924年で、その前年の1923年に村民たちによって設立されたのが野沢温泉スキークラブです。100年近く経った現在も存続しています。
設立当時に謳われた言葉が『スキー普及心身ノ錬磨及当温泉ノ発達ヲ図ル』ですが、その趣旨として「スキーを普及することで野沢温泉を発展させることが目的。その考え方は現在も変わらず、スポーツイベントを誘致し、地域経済だけではなく人材を育てることが目的という形で継承されている」と述べました。

同クラブでは大学のスキー合宿や競技スキーの誘致に注力してきたほか、地元から輩出された16名のオリンピック選手を含め、将来のスキー産業を担う人材育成にも力を入れてきました。
森氏のように海外へ留学するケースも多い他、実際に大きな国際大会を誘致し、運営する中で様々なことを学ぶため、海外プロモーションを自ら行える人材が豊富に育ちます。そうした民間の力を支える行政とのタッグによりインバウンドも大きく数を伸ばし、コロナ禍前の2018-19年シーズンは野沢温泉スキー場の利用者が42万人だったのに対し、野沢温泉村に滞在する外国人スキー客延べ宿泊数は12万8000人でした。
森氏は「野沢温泉が目指しているのがスキーのメッカであり続けること。そのために行うのが国際大会の誘致や運営などで、そうした活動の過程で村の将来を担う人材を育成し、村の経済発展にも寄与していきたい」と述べました。

講義後の質疑応答で、野沢温泉観光協会の会長が78歳の森氏の父から一昨年、38歳の男性に若返ったことが話題にのぼりました。
森氏はこうした世代交代について「大きな淵に、大きな魚は一匹しかいない。その大きな魚が一番いい場所で餌を食べ、後ろに小魚たちがいる」と渓流釣りにたとえ、「餌は人間社会で言えば責任。責任を食べる人だけが大きくなるので、大きい魚は餌を食べずに流すか、もしくはいなくならないと、いつまでも後ろの小魚は育たない」と語りました。

その後は、会員温泉地の最新動向や取り組みの共有を行ったとともに、次年度以降の本研究会の活動テーマについてディスカッションをしました。

               森 晃氏による講演

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